小野由子(おのゆうこ) / 1967年卒業

卒業後の進路:
1967年4月 東京女子医科大学医学部入学
1973年3月 同大学卒、医師国家試験合格、同大学病院放射線医学教室へ入室。放射線医学全般の研修後、放射線診断学の中での神経放射線医学(脳・脊髄領域)を専門としている。
1982年 西ドイツマインツ大学神経放射線科助手
1983年 放射線専門医資格、医学博士学位取得
1985-1987年 東京都立荏原病院放射線科医長
1991-1998年 東京女子医科大学第二病院放射線科教授・部長
1998-現在 東京女子医科大学教授・神経放射線科部長
現在の仕事:
東京女子医科大学教授・神経放射線科部長として、学生と医師の教育・専門領域の診療・研究を行っています。 その他の以下の資格で教育・研究・学会運営・医学雑誌編集などを行っています。
・東邦大学医学部脳神経外科非常勤講師
・立川市立看護専門学校非常勤講師
・日本医学放射線学会代議員・倫理委員
・日本神経放射線学会評議員
・日本脳神経CI 学会世話人・運営委員
・日本定位放射線学会世話人
・東京女子医科大学学会評議員
・ヨーロッパ神経放射線学会会員
・イタリア神経放射線学会会員
・CI 研究:Executive editor
・Neuroradiology Journal(イタリア):Co-Editor-in-Chief
中高時代:
<当時の成美学園女子高等学校で学んだこと>
私は成美学園女子高等学校に入学させていただき、短い間ではありましたがそのときから今日までずっと、この高校生活が私の支柱となっている気がしています。
高校のカリキュラム、大学入試のためのコース別の授業などを通してたくさんの知識をお教えいただいたことは勿論ですが、毎日の礼拝のなかで知らされた神様の言葉と「心を清め人に仕えよ」という教育理念が自然に生徒の生活の中に受け入れられていたことが、それまでの私の学校生活とはまったく違って、とても新鮮で強い印象として残っています。
感受性が高く進路に向かって不安もある時期に人を羨んだり妬んだりせず、心から他人を思いやることができる暖かい友人たちにこの学園で会えたことは、たくさんの思い出とともに忘れられない大切な宝です。インターネットが普及したことにより世界中どこにいても情報を共有し、いつでもメールの送受信ができるようになって、この宝をより身近に感じることができるようになりました。

<当時の成美学園で学んだことが直接役に立っていること>
一つは英語の教育です。医学部に入って日本中から集まってきた学生の中で、私は皆とは違った英語教育を受けたのだと感じました。大学生の時には世界医学生連盟の中で、日本と各国との大学間での留学生の交換の仕事をしていました。これらの経験を通して各国の習慣や考え方の違いなどを知った事が、人とかかわる職業を得てからとても役に立っています。
医学は各専門分野に細分化されていますが、それぞれの分野の中では国境はありません。刻々と進歩している医学の情報を世界的に共有することは必要十分条件で、そのための共通語は英語です。私の毎日の中でも、隣の部屋から来るメールも、国内や世界各国から届く専門的な意見を交換するためのメールも、違和感なく並んでいます。病院には海外からの患者さんや研究者も少なくありませんし、国際学会へ行けば皆お国なまりの英語であっても、発表論文に対して意見の交換ができることが必要です。私の英語は日本人の英語の域を出ませんが、自分の意思を伝えられるように教育していただいたことにとても感謝しています。
また、宣教師の先生方とお話する機会が多かったことは、年長者に対して礼節を持って話す訓練が自然にされていて、このことも感謝しています。このような教育を受けた背景があるからこそ私の仕事もその相手もグローバルであり、成美で学ばなかったら多分今の私はないと思います。
もう一つは「心を清め人に仕えよ」です。世の中に出ると、この教えに従おうとしても、学校の中でのようにうまく受け入れられないときもあり、年を重ねるほどその矛盾を感じることが多くなってきましたが、この教えを忘れない限り、本来の役目を果たし神様に喜んでいただけるような一生を過ごせると信じています。
高校時代から現在まで自分の中では一つながりですが、客観的に見れば長い時間で、楽しいことも辛いことも繰り返してここまできたことになります。今の私を育て支え続けていただいているかつての成美学園、現在の横浜英和学院に対して感謝の気持ちでいっぱいで、またここで学んだことを誇りに思っています。
私の人生は当然まだ進行形で、これから学んでいくことも限りないのですが、今までの経験の中で何か後輩の皆さんのお役に立てることがあれば、いくらでもお手伝いをしたいと思っています。