金川純子(かながわじゅんこ) / 1982年卒業

卒業後の進路:
日本体育大学 体育学部
大学卒業後、青山学院横浜英和中学高等学校(成美学園中学高等学校)に12年間就職、子育てのため退職、5年間専業主婦となり、その間、地域活動として「体操教室やんちゃるジム」を設立。平成15年4月より、非常勤講師となる。
北海道情報大学システム情報学科(平成21年)
現在の仕事:
青山学院横浜英和中学高等学校 保健体育科・情報科非常勤講師
青山学院横浜英和小学校 パソコン授業担当
「体操教室やんちゃるジム」主宰
中高時代:
私は、中学時代から体操を始め、横浜英和(成美学園)での高校時代は体操の練習に明け暮れる毎日でした。クラブの先生方の熱心な指導と、担任の先生を初めとする学院じゅうの多くの先生方の応援で、国体やインターハイの出場を果たしました。高校2年生の準優勝した栃木国体をかわきりに、7年間、国体の代表選手を務めました。この懸命に過ごした高校時代は私に2つの大きな基盤を作ってくれた時代だと感じます。
1つ目は、体操だけでなく、オリンピックや世界選手権に出場するようなアスリート達、スポーツに真剣に取り組む人は必ず経験しているはずですが、夢を実現させようとするときには、平坦な道を楽に進むことは出来ません。私もこの高校時代にいくつもの大きな壁にぶつかりました。その壁は、競技歴を積めば積むほど、競技成績が伸びればのびるほど大きな壁へとなっていきました。時には、もう乗り越えられないのではないかと、歩みを止めそうになったり、見当違いにも、親に当たり散らしたり、思春期特有の心の成長と自律のギャップに悩まされました。
この波瀾万丈劇的な人生のこの時代を乗り越えられた救いの手の一つに、私の心を打ついくつかの言葉との出会いがありました。
前が見えずに、進む方向が分からず、立ち止まっている時にふっと耳に入る、ふっと目にとまる、賛美歌や聖書の言葉がありました。
大目に見ても、けして、まじめに真剣に礼拝を受けていたとは、言い難いのですが、あがいたり、弱っている人間に力を与えてくれ、進む方向を示してくれたりする命の言葉と感じました。
2つ目は、自分でもその当時は気づかなかったことですが、学院で生活している時知らず知らずに体験してきた、目に見えないものを大切にしていく、人としての心の教育が、一生の生きがいのヒントをもらっていたかもしれないと思ったことです。
専業主婦になって、家庭に入り、出産・子育てをしている最中、とても社会からの疎外感を感じました。子育てももちろん幸せで、人間として大切なことなのですが、自分自身の中に生きがいを見つけることが出来なかったのです。
そして、この時代が自分にとって生きがいは何かと言うことを気づかせてくれました。
それは「自分が何かの誰かの役に立ちたい」ということでした。
自分がやってきたことが、高校時代につちかってきたことが、どこかで誰かの役に立ちたい…と…。
このような大きな2つの基盤により、私は再び教員への道に導かれ、地域活動を通して、生きがいをもらっています。