石川 哉子 / 1990年卒業

石川

卒業後の進路:

1994年:多摩美術大学 美術学部 グラフィックデザイン科卒業
1994年:広告代理店にて企画部グラフィックデザイナーとして勤務
1995年:翌年改名予定の横浜英和学院の校章デザインを担当
1996年:都内大手レコード会社の企画/制作部デザイナーとして広告の企画/デザインを担当
1997年:ミノルタと三井物産のベンチャー企業の制作会社において編集デザインやミノルタ系列の商品広告を担当
1999年:アメリカ合衆国アリゾナ州移住。Glendale Community Collegeに短期留学 在学中は学内コンピューターセンターにてソフトウェア指導アシスタント、教授のアシスタント、またインターナショナルセンターにて勤務
2000年:Computer Animation と Web Publishing専攻にて卒業
2001年:Scottsdale Community Collegeにて2年間の3Dアニメーションの奨学金コースを受講
2003年:フェニックス市の運営する日本庭園にてアシスタントコーディネーターとして勤務
2004年:現地株式会社スマートプラクティスにて医療機器事業のカタログデザイナーとして就職
2010年:同会社グループ内の医療アパレル専門のスマートスクラブス社に異動
2015年:現在は同社にてアートディレクターとしてマルチメディア広告を担当

現在の仕事:

石川

アメリカで医療衣服の会社にて広告を担当しています。カタログを中心とした広告デザイン:モデルの選考から撮影のアートディレクション、またウェブマーケティングの広告デザイン等を担当しています。基本的には日本で働いていた内容と似ていたので最初は甘く見ていましたが、やはり言葉の違いで業界の専門用語が容易に出てこなかったりと苦労をした時も多々ありました。なんとか自分の努力や「やる気」を周りに見せることによって言葉の壁を乗り越えた時はとても嬉しかったです。
横浜英和学院 校章デザイン:

1996年の学校改名の際にあたり、私のデザインが公募から選ばれたことは今でも大変嬉しく思っています。その当時、まだ美大を卒業して間もないデザイナーの駆け出しの頃、校章公募の広告を拝見しました。それから1-2週間毎日頭はそのことばかり!仕事の合間をぬって、まずは他校の校章デザインをリサーチすることから始まり、15〜20案はスケッチをしたのを覚えています。学校の沿革やモットーを基本に、伝統を崩さずかつモダンにもしたいという願いもこめてじっくりと最終デザインを仕上げました。
全体の縦の楕円のシェイプは、あまり他校の校章デザインに見られない形というのと、その当時恒例の卒業式に生徒にプレゼントされた「スクールリング」にもふさわしい形をというのも考慮した結果でした。

中高時代の経験が現在に役立っていること:
まさに英語力です!中高一貫して語学の教育に力を入れているだけあり、米国人宣教師による「生きた英会話」の授業はとても良かったと思います。更に一般の英語の授業も先生方が授業自体を楽しくすることによって楽しい英語が学べました。
また、キリスト教を学べる聖書の時間や毎日の礼拝、そして毎年実施の修養会はとてもいい経験となりました。キリスト教が今でも大部分を占めてるアメリカにおいて、その歴史や聖書の内容を把握していることによって、友人や同僚との日常会話や宗教討論にも問題なく参加することができました。
私の場合、在学中に先生方の暖かい指導のお陰もあって中学3年生の頃には美術系に進みたいというのを決めていましたが、横浜英和の現在は更に学校がキャリア指導にも力を入れているとのことで難しい進路の選択などにも大変好ましい環境にあるように思えます。校訓「心を清め人に仕えよ」は卒業後もずっと私の心に残り、未だに毎日学ぶことばかりですが一日一日を大切に、そして謙虚さを忘れずに頑張っていきたいと思っています。