イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。ヨハネによる福音書1:39
横浜英和学院は、宣教師たちの働きと海外の教会の祈りと支えによって、築かれた学校です。その始まりに関わった一人が、ガスリー宣教師でした。ガスリー宣教師は1872年頃、インドからアメリカへ帰国する途中に横浜を訪れました。そこで目にしたのは、貧しさのために子どもを手放さなければならない親たちや、親を失った子どもたち、教育を受けることのできない少女たちの姿でした。その後、ガスリー宣教師は帰国後、「日本には宣教師が必要だ」と訴えました。しかし、自ら来日する直前に亡くなってしまいます。その遺志を受け継いで来日したのが、創立者であるブリテン宣教師でした。ブリテン宣教師が見た横浜にも、多くの困難がありました。特に、外国人男性と日本人女性との間に生まれた子どもたちが「混血児」、「あいのこ」と差別され、居場所を失い、十分な教育も受けられない状況に置かれていました。そこで、なぜ宣教師が必要なのでしょうか。こういう問題は、横浜の有力者たちが、協力して助ければいいのではないかと思うのですが、どうも踏み出せずにいたようです。
宣教師たちは、そのような社会のすみっこに追いやられた子どもたちを見て、「この子どもたちも神さまに愛されている」と信じ、教育とイエスさまの言葉を届けるために学校を始めたのです。この学校の始まりは、立派な校舎や設備があったからではなく、苦しむ人々への愛と助けからだったのです。それは、今の学院モットーである「心を清め 人に仕えよ」にもつながる創立の原点です。
イエスさまは、わたしたちにも、「来なさい。そうすれば分かる」と言われました。わたしたちは、この言葉を聞き、「海外伝道の日」を覚えて、世界で宣教のために働く人々やロシアによる軍事侵攻で避難生活を余儀なくされているウクライナの方々へ、また、戦争に巻き込まれたパレスチナのこどもたちとその家族の支援のために献金をささげるのです。